「助六の舞台」
(模型 復元年代:18世紀後半 縮尺:1/1)
いよいよ、江戸文化を語るときに外せない、歌舞伎の世界へ。当時、歌舞伎の芝居小屋では、庶民も武家もその華やかな舞台を楽しんでいました。江戸博では、江戸歌舞伎の人気演目『助六』の世界を再現。登場する衣裳をまとめて展示するため、主要人物である侠客・助六、恋仲の花魁・揚巻、彼女に言い寄る鬚の意休が三者そろい踏みする架空の場面を設定したものです。
はな:実際の歌舞伎はこんなに近くで見ることができないので、思わずじぃ〜っと見入ってしまいますね。こうして眺めながらあらためて驚くのは、勇ましい助六も、艶やかな揚巻も、すべて男性が演じているのだなということ。また、ここまでにも着物の展示がいくつかありましたが、やはり歌舞伎の衣装はひときわ華やかで、ひとつひとつ、その細部にまで惹き付けられます。
隣には当時の芝居小屋の構造を復元した模型もあり、大小それぞれのスケールで江戸歌舞伎の世界に触れることができます。
はな:歌舞伎って、今はちょっとハイソな舞台芸術という印象もありますよね。でもこの劇場模型を見ると、特等席の桟敷からワイワイ賑わう平土間まで、お財布事情に合った鑑賞の仕方があったのがよくわかります。当時は庶民もお武家様も、多彩なお芝居を楽しんでいたのですね。一方、その空間を舞台裏で支える、いろんな工夫にも感心してしまいます。この模型では、場面展開などで舞台が床ごと回転する「廻り舞台」の仕組みもわかるのが面白い。床下の「奈落」を覗くと、当時は人力で回していた様子が想像できます。その隣では『東海道四谷怪談』で幽霊が現れるユニークな仕掛けの内幕が見られ、当時すでに舞台技術がいろいろ発明されていたんだなと感心します。
常設展示室「江戸ゾーン」を締めくくるのは、江戸時代の代表的な歌舞伎の芝居小屋である中村座の正面部分を実物大で蘇らせた展示です。
はな:いくつも並ぶ提灯の上には人気役者たちの名が踊り、ドラマティックな絵看板も魅力的。矢が的に刺さるヒット祈願の縁起看板なども再現されていて、何だかワクワクしてきます。われ先にと芝居小屋に集う人々の賑わいが聞こえそうですね。江戸時代って、遠いようで意外と近い世界のような感じもして、なぜかな? と思っていたのですが、きっと、こうして花開いたものが今もなお受け継がれているからでもあるのかな。そして、ここまで展示を見てきてふと振り返ると、最初に渡ってきたあの日本橋をあらためて下から見上げることができます。この計らいはとっても粋で、嬉しいですね。
「歌舞伎の仕掛け(『東海道四谷怪談』のうち「蛇山庵室」の場)」
「芝居小屋・中村座(正面部分)」(模型 復元年代:19世紀初期 縮尺:1/1)
観覧を終えて、はなさんに感想をうかがいました。すでに何度か訪れている、という江戸博について、どんな印象をお持ちですか?
はな:江戸博は貴重な資料展示に加え、いろいろな再現展示で当時をわかりやすく伝えてくれるところが好きです。難しい解説文が続くような展示は苦手なのですが、体感的に学べる展示が多い。そうしたインパクトのある展示が次から次へと現れて見る側をグイグイ引っ張ってくれる、気持ちの良い勢いを感じます。当時の貴重な資料や絵画をもとにした、綿密な調査・研究に支えられているから、そうした魅力の源になるのでしょうね。だからこそ自然に「もっと知りたい」という気持ちになります。
博物館や美術館によく訪れるのは、やはり「本物」を見る時間を大切にしたいから、と語るはなさん。最近はつい何事もインターネットで調べ、そこですべてを知ったような気持ちになりがちです。そんなときもこうした場所を訪れることで、本物に触れることの意義を感じるそうです。
はな:ここでは大名屋敷も庶民の長屋も、また商いから娯楽の場まで、いろんな人々の暮らしをバランス良く紹介していますよね。時代劇では大名やお金持ちがとにかく悪者、といった先入観も抱きがちですが(笑)、ここではフェアに、フラットにそれぞれの人々の営みを知ることができます。また、一口に江戸時代と言っても長く続いた時代ですから、その多様さにも想いを馳せられる場だと思いました。
さらにはなさんは、江戸博が両国という街にあることにも魅力を感じるそうです。そういえば、かつてラジオ番組でもこの街を訪ね、江戸時代に造られたという回遊式庭園・旧安田庭園や、かの「鼠小僧」次郎吉の墓がある回向院、さらに地元のちゃんこ鍋屋さんなどをめぐっていましたね。
はな:両国は、駅を降りるとすぐに国技館があり、力士さんたちが大きな体で小さな自転車を漕いでいる姿が微笑ましい(笑)。また、下町の素敵な香りもあちこちに残っています。お散歩コースとしても魅力的で、その1つに江戸博もごく自然に組み入れられそうです。もしこれが表参道にあったりすると、建物の内と外でギャップが激しすぎるけれど、両国は街全体に歴史が香るアミューズメントパークのようで、その延長線上にこの博物館があるとも感じます。リニューアル後にもまたぜひ、訪れてみたいですね。
江戸東京博物館 外観