居心地の良い街作りの決め手となる、「ゆとり」の感覚

明治〜昭和初期の東京を代表する街と言える銀座と浅草。山田さんにはその模型展示を中心に、たっぷり江戸博を観覧していただきました。ところで、山田さんご自身は銀座、浅草という街と、今までどのように付き合ってこられたのでしょうか?

山田:銀座は僕にとって「お出かけ」する街。子供の頃、家族で外出するときも、渋谷に出るのと銀座に出るのとでは、着てゆく服からして違っていました。映画を観ても食事をしても、他の街とは違う高級感が味わえる。その印象は、大人になっても変わっていません。今も買い物は銀座ですることが多いのですが、その最大の理由は、いろんな分野の専門店が揃っていて、そこにしかないものに出会えるから。タバコの「菊水」や文具の「伊東屋」「鳩居堂」、時計の「日進堂」「天賞堂」など、覗いてみたくなるお店ばかり。ギャラリーやお寿司屋さんも一流どころが目白押しです。僕の好きなものが、これほど高い水準で密集している街は、世界中を探しても他に見当たりません。今回、江戸博の展示を見て、銀座という街は明治の頃からそういう憧れの対象として作られてきたんだなということを、改めて感じました。子供時代の僕が「早く大人になって銀座で買い物したい」と思ったように、少し背伸びをしないと行けない憧れの街があることで、人々の向上心が刺激されるんですね。

一方、浅草にはあまり足を運ぶ機会がない……と前置きしながらも、今回の展示をご覧になり、浅草の街のパワーを再認識したそう。

山田:銀座が理想や憧れを育む街ならば、浅草は現実的な欲望を満たす街。子供の頃、学級文庫にあった江戸川乱歩の少年探偵団シリーズの『人間豹』とかを読んで勝手に想像していた、戦前の浅草のけばけばしくも妖しい雰囲気。それを江戸博の電気館や凌雲閣の模型、資料展示にそのまま見いだすことができて、嬉しかったです。特に電気館の模型は、気になることだらけ(笑)。あの大阪テイストの装飾は、どこから生まれてきたのか? 映画の絵看板に見られる、美術学校で学んだものではない日本独自の西洋画の系譜も、研究対象として興味深いですね。凌雲閣も電気館も、浅草の文化は「とにかくやっちゃう」パワーがすごい。庶民の街ならではの勢いがありますよね。

浅草や銀座の街の魅力を支えているのは、魅力的な建造物だけではありません。そこに暮らす人々が作り出している、とある街の特色があると言います。

山田:今でも浅草に行くと、平日の真っ昼間から自転車でウロウロしているおじさんたちによく出会います。話を聞いてみると、仕事を息子に任せて早々と悠々自適の隠居暮らしを決め込んでいる自営業の方だったりするんですね。銀座は銀座で、平日の昼に何千万円もする時計をこともなげに買ったり何万円もする寿司を軽くつまんだりしている謎の紳士がいる。何をやっている人なのか、お店の人も知らないんです。一流店ほど、お客さんの素性をあれこれ詮索しませんからね。このように、浅草にも銀座にも、昼間から暇そうにしている大人たちが沢山いて、誰もそのことをとがめない。この懐の深さは、やはり歴史がある成熟した街ならではの余裕だと思います。そういう大人たちがいるからこそ、街の文化が受け継がれてゆくのではないでしょうか。

成熟した二つ街の姿から学ぶ、「理想の東京」とは?

「大東京鳥瞰図」の展示の前で、山田さんは、山の手と下町が入り組んで存在することこそが、東京の活気の源だとおしゃっていました。「古い東京を知ることで、今の東京のこと、『街』とはどうあるべきかも考えた」という山田さんが、理想とする東京の姿とは?

山田:憧れの高級品が並ぶ銀座と、庶民の娯楽がひしめく浅草。東京を代表する二つの繁華街の歴史を江戸博の展示でたどってきて改めて思うのは、最近は街の個性が薄れてきているなってこと。東京の活力源である雑多性は、山の手と下町の混在だけでなく、いろんな個性の街が競い合うことで生まれたもの。それぞれの街の個性が薄れると、東京全体の勢いがなくなってしまうのではないかと心配です。そこで思い出したのが、以前、銀座のお寿司屋さんから聞いた、「昔は銀座も下町だったんだけどな」という言葉。高度経済成長期の頃までは、銀座も職住近接で、お店に住んでいる家族が多かったそうです。だから子供の頃から親が働く姿を日常的に見て育ち、仕事のノウハウも継承できた。その街で暮らしながら商売をすることで、大人も子供も縦と横の繋がりが自然に生まれた。昼間から暇そうにしている大人がいることが成熟した街の条件だといいましたが、やはり朝早くから夜遅くまで働いている大人もいてもらわなければ、街の文化は継承できないってことですね(笑)。その点、浅草は、今でも職住が近接しているお店が多い。だから伝統を保てているのかもしれません。それぞれの街の個性を維持し、東京を活性化する鍵は、職住近接にあり、ですね。

この日、山田さんは、華やかな模型のみならず、ガラスケースにおさめられた資料の展示にも目を輝かせながら足を止めていました。これまでも度々訪れているという江戸博の、山田さん流の楽しみ方が気になるところ。

山田:江戸博を楽しむコツは、「前のめり」な気持ちで臨むことだと思います。パッと見はただの雑誌やチラシでも、一つ一つをじっくり見ていくと、思わぬ発見がありますから。僕も、これまで見過ごしていた「偽宝塚少女歌劇団」(大正後期の九州地方に現れた偽物による公演)に関する貴重な絵葉書を、今日になって発見しました。何度も見てきた明治時代の銀座の模型も、あらためて見ると新たに気づくことがたくさんある。江戸博の展示って、受け身の姿勢だと「ふーん」と眺めるだけで終わってしまいがちですが、何か見つけてやろうと前のめりな気持ちで臨めば、何度見ても新たな発見があるんです。昔の街を今の姿と比較したり、想像をめぐらせながら見学すると、さらに何倍も展示を楽しめますよ。